Lesson-1 やっぱり原書・・・

今日の科目は「実践哲学研究」で指導教官の授業。参加者は現役院生と社会人院生、博士課程に学部生とバラエティに富んだ10名。
内容はニーチェの「善悪の彼岸」を訳読しての議論。社会人と学部生は翻訳の担当から免除されるが立候補すればやらせてもらえる。カントやヘーゲルに比べニーチェはドイツ語の勉強には良いらしい。それにしても初心者には荷が重い。
今日は一節を先生が音読し訳したモノを解説。この解説がまた難しい。

人間の魂とその限界、およそこれまでに窮められた人間の内的経験の領域、これらの経験の高さや深さや遥けさ、魂のこれまでの歴史の全体となおまだ汲みつくされないその諸可能性。これは、生まれながらの心理学者と<大いなる狩猟>の愛好者にとっての、運命的に予定されていた猟場である。      ニーチェ善悪の彼岸」より

なんのこっちゃである。まず魂に対する理解、これはエマソンの魂の探究あたりが手がかりらしい。そもそもエマソンって誰?ってレベル。そして心理学者という言葉の意味するところ。これには進化論なんかも関わってくる。そして大いなる狩猟とは人間の本能とか。
哲学的な専門用語というより隠喩が多い。その意味するところを如何に捕まえるか。それが読解の手がかりになりそう。だからまずニーチェの入門書を読んで基礎知識を得ないと会話についていけない。その上で翻訳を読んで授業に臨む。自分で訳すのはいつになるやら。読まねばならぬ本がどんどん増える・・・